学ぶ方向を決める
学んだことを仕事に持ち込むにはどうすればよいか
学んだことを業務に接続できないのは機会がないからではなく、業務を担当という単位でしか見ていないためです。繰り返し・手作業・属人化の3条件で適用先を探し、元に戻せる範囲から並走させて始めるまでの手順を整理しました。
この記事でやること
- こんな人に向けています
- 学習は進んでいるが、業務に接続できていない社会人
- 読み終えたときの状態
- 現在の業務の中に持ち込む場所を見つけ、最初の適用範囲を決められる状態
講座の演習は最後まで解き終えたのに、月曜の朝に担当業務を見渡すと、それを置く場所が見当たりません。使えそうな作業に心当たりはあっても、いま回っている手順を止めてまで試す理由を説明できず、そのままになります。数か月たつと、覚えた内容のほうが先に薄れます。
ここで「うちの部署には機会がない」と結論を出すと、話はそこで終わります。ただ、機会がないというより、機会が機会の形をして見えていないことのほうが多いはずです。業務は「請求の担当」のような単位で認識されていて、その中にいくつの工程が入っているかは意識されません。学んだことが刺さるのは担当という単位ではなく、その下にある工程です。
この記事は、いまの業務の中から適用先を探し、最初にどこまで手を出すかを決めるところまでを扱います。手元にすでに使えるものが1つある前提で読んでください。学習そのものが途中で止まっている段階であれば、社会人の学習が途中で止まる理由と続く計画の作り方のほうが順番として先になります。
「機会がない」と感じるのは、業務を担当単位で見ているから
請求書の発行は、業務の一覧では1行の仕事です。中を開くと、受注データの抽出、金額と契約条件の突き合わせ、書式への流し込み、送付先の確認、送付、控えの保管というように、性質の違う工程が並んでいます。学んだことが効くのは、このうち1つか2つです。担当という単位のまま「請求はシステムでやっているから関係ない」と判断すると、突き合わせだけは人の目でおこなわれているという事実が見えません。
教材と実務のあいだにも落差があります。教材のデータは整った形で渡されますが、実務では、どこにあるのか、誰が持っているのか、どの時点の値を正とするのかを確かめるところから始まります。探す対象は、同じ形の問題ではなく同じ形の工程です。工程まで下ろすと、適用先は作業そのものより、作業と作業のつなぎ目に見つかります。片方の画面を見ながらもう片方に入力する、出てきた数字を目で見比べる。そうした動作が候補です。
適用先は繰り返し・手作業・属人化が重なる場所にある
候補を絞るときは、次の3条件を当てます。
繰り返し発生すること。 月次・週次のように、次にいつ来るかが分かるものです。1回きりの仕事は手を入れた時間を回収できず、うまくいっても2回目がないため再現を確かめられません。
人の手が残っていること。 転記、コピー、目視での突き合わせ、同じ内容の再入力です。すでに仕組みで動いている箇所に割り込むと、その仕組みを保守している人の領分に入ります。最初の1件では避けます。
手順が特定の人の中にあること。 誰がやっても同じ結果になる標準手順ではなく、「いつもの人がやっている」状態です。改善の余地は大きい一方で、その人の同意を取らずに触ると反発が出ます。属人化という言葉を、当の担当者に向けて使わないでください。
3つがそろう場所が最優先です。2つの場合は、欠けている条件で難しさの種類が変わります。
- 繰り返しが欠ける:練習にはなりますが、成果を説明する材料が集まりません
- 手作業が欠ける:既存の仕組みの改修になり、自分の裁量では動かせません
- 属人化が欠ける:標準手順があるので変更に承認が要ります。ただし通れば横展開しやすく、成果は大きくなります
条件を当てると、同じ「事務作業」でも最初の1件に向くかどうかが分かれます。
| 月次の集計・転記 | 定型文書の下書き | 問い合わせへの回答 | 単発の分析依頼 | |
|---|---|---|---|---|
| 発生の仕方 | 締め日に合わせて毎月 | 案件ごとに不定期だが形は同じ | 随時。量が読めない | 依頼があったときだけ |
| 手順の決まり方 | ほぼ固定。例外が数件 | 型はあるが中身は都度変わる | 過去の回答が各所に散在 | 毎回ゼロから組む |
| 間違えたときの戻し方 | 元データが残るので作り直せる | 提出前なら自分で直せる | 相手に届いた後は取り消せない | 判断に使われた後は追えない |
| 最初の適用先として | 向く | 向く。提出前に自分で確認する前提 | 後回しにする | 向かない |
候補は記憶ではなく1週間分の作業記録から拾う
記憶をたどって候補を挙げると、印象の強い仕事ばかりが出てきます。それらは例外対応であることが多く、繰り返しの条件を満たしません。
1週間だけ、作業の記録を取ります。書くのは「何の業務をしたか」ではなく、「何を開いて、何をどこに移したか」です。
火曜 10:15〜10:40/受注一覧のファイルを開く/該当月の行を抜き出して別ファイルに貼る/単価を契約書と目視で照合
この粒度で書くと、次のような印が浮かびます。
- 同じファイルを週に3回以上開いている
- 2つの画面を並べて見比べている時間がある
- 「毎月これをやる」と口に出している作業がある
- 前回の自分のファイルを探すところから始めている作業がある
最後の項目は見落とされがちです。探している時間は作業時間として認識されませんが、記録を取ると必ず出てきます。
一方、最初の1件に向かない候補もあります。締切が固定で遅延が許されないもの、他部署が結果を待っているもの、金額が確定するもの(請求・支払・在庫の引き当て)です。理由は次の章にあります。
最初の適用範囲は「元に戻せるか」で決める
戻せるとは、途中でやめたときに、従来の手順へ戻すコストが自分の作業時間だけで済むことです。他人の予定変更や、すでに出た数字の訂正が要るなら戻せません。
戻せる状態は、次の3つで作れます。
- 従来の手順を置き換えず、並走させる。従来どおりに作ったうえで、自分の方法でも作り、突き合わせる
- 出力先を本番のファイルや共有フォルダにしない
- 他人の作業手順を変えない。自分の工程の中で完結させる
並走は二重作業に見えますが、この二重作業がそのまま検算になります。差分が出た回数と原因を記録しておくと、後で「こちらに切り替えてよい」と言うときの材料になります。一致した回数だけでは足りません。差分が出たときに原因を説明できたかどうかが、信用の根拠です。
並走の期間は、発生2〜3回分を見ます。月次なら2〜3か月です。1回の一致では偶然と区別がつきません。
範囲を小さくする理由はもう一つあります。うまくいかなかったときに、原因を「学んだ内容が使えなかった」ではなく「適用先の選び方を間違えた」に切り分けられることです。範囲が大きいと切り分けができず、学習そのものを否定する結論に飛びます。
自分で書いた手順を業務で回す場合、動くことと業務で使えることのあいだにはもう一段あります。実行環境や引き継ぎの条件はPythonを仕事で使えるレベルまで学ぶには何が必要かで扱っています。
許可が要るかどうかは3つの線で判断する
社内の承認が必要になるかどうかは、次の3つで見分けられます。
- 見るデータが、自分の権限の範囲を超えるか
- 出力が、自分以外の人の判断材料になるか、社外に出るか
- 使う道具が、会社の環境の外にあるか
3番目がいちばん見落とされます。個人アカウントで使うサービス、私物の端末、社外にデータが渡る仕組みは、機能の話ではなく規程の話です。生成AIを業務に挟む場合の線引きは生成AIを仕事で使うために本当に必要なスキルは何かで扱っています。
逆に、出力が自分の頭の中にしか行かない下ごしらえは、原則として手順の変更にはあたりません。ただし、道具そのものが規程で制限されている場合は対象になります。
許可を取るときは、「新しいツールを使いたい」で切り出さないでください。それでは道具の審査になり、判断が別部門へ移ります。手順の変更として出します。
いまの手順の〇〇の部分を、こう変えたい。試す期間は〇か月。その間は従来の手順も続ける。うまくいかなければ〇月末で元に戻す。
承認する側が見ているのは効果ではなく、失敗したときに誰が困るかです。撤退条件を先に出すと判断材料がそろいます。効果の見込みを大きく語るほど、相手は慎重になります。
成果を伝えるときは工数削減以外の軸を用意する
工数削減だけで説明すると、次のどれかになりやすいです。測り方を聞かれて答えられず、見積もりだと受け取られる。「では空いた時間で別の仕事を」となり、次の話につながらない。削減幅が小さく取り上げられない。
削減時間は結果の一つであって、説明の軸としては弱いほうです。並走期間の記録には、時間以外の材料も含まれています。
| 説明の軸 | 何を示すか | 効きやすい相手 | 使いにくい場面 |
|---|---|---|---|
| 作業時間 | 従来の手順にかかっていた時間との差 | 直属の上司 | 測り方を説明できないとき |
| 精度 | 並走期間に出た差分の件数と、その原因 | 検算や品質に責任を持つ人 | もともとミスが表面化していない業務 |
| 待ち時間 | 依頼から結果が返るまでの日数 | 結果を待っている側の部署 | 締切に余裕がある業務 |
| 引き継ぎやすさ | 手順書だけで別の人が実行できたか | 異動や退職を管理する立場 | 手順が自分の頭の中にしかない段階 |
| 見えるようになった情報 | これまで集計していなかった切り口 | 施策を決める立場 | その情報を使う予定が誰にもないとき |
軸は1つに絞らず、相手によって前に出すものを変えます。直属の上司には運用と撤退条件、部署をまたぐ場面では手順書と再現性です。言い方も、削減した量ではなく状態の変化として組み立てるほうが伝わります。「月末の2日間に集中していた作業を、日次に分散できるようになりました。手順は共有フォルダに置いてあり、担当が代わっても実行できます」といった形です。
講座の修了や資格そのものは、この場面では材料になりません。見られているのは、動いている成果物と、その工程を説明できるかどうかです。証明が要る場面との違いは資格取得と実務スキルはどちらを優先すべきかで扱っています。
次にやること
- 今週分の作業記録を取る。15〜30分単位で、開いたものと移した先だけを書く
- 記録に対して、繰り返し・手作業・属人化の3条件で印を付ける
- 3つそろったものの中から、元に戻せる候補を1件だけ選ぶ
- 並走の期間を決める。発生2〜3回分が目安
- 許可の3つの線を確認し、必要なら撤退条件を先に伝える
- 差分が出た回数と原因、それに手順書を残す。異動や転職の場面でもそのまま材料になる
2件以上を同時に始めないでください。並行して動かすと、うまくいかなかったときにどちらの選び方が悪かったのかを判定できません。編集部としては、最初の1件は成果の大きさではなく、記録が確実に残せるかで選ぶことを勧めます。
よくある詰まりどころ
繰り返しの業務が自分の担当にない
担当していなくても、自分が受け取る側にいる作業はあります。毎月送られてくる資料を自分で加工してから使っているなら、その加工部分は自分の工程です。送り手の手順は変えずに、受け取った後の処理だけを対象にできます。
上司に説明したが「今のままでいい」と言われた
効果から話した場合に起きやすい反応です。現行の手順に不満がない相手にとって、変更は新しいリスクでしかありません。並走の提案として出し直してください。従来の手順を続ける以上、相手側の追加リスクはなく、断る理由が「あなたの時間の使い方」だけになります。
やってみたが、思ったほど時間が減らなかった
減らないことはよくあります。手を動かす時間より、確認と待ちの時間のほうが長い業務が多いためです。記録を見返し、時間を食っていた工程を確かめてください。適用先の選択を外しただけなら、次の候補に移せばよく、学んだ内容の問題ではありません。
属人化している業務の担当者が協力してくれない
その業務がその人の評価の根拠になっている場合、効率化の提案は取り上げの提案に聞こえます。工程を代わりにやると言わず、その人が確認に使える形を作る、という組み立てなら通ることがあります。それでも通らないなら、この候補は外してください。人の合意が取れない対象は、最初の1件には向きません。候補は作業記録の中にまだ残っているはずです。